●地元情報誌アミューズ 平成21年6月号
「とんがる」ということ
スペースベン 主宰 田中勉
平成6年に立ち上げた、毎週金曜日の「FANS」公演であるが、いつの間にか800回を数えようとしている。そして私も48歳になった。
Friday Amusement Negative Shop。FANSというタイトルありきで、ある外国人にネーミングしてもらったものである。今にして思えば、「ネガティブ」とはよく付けてくれたものだと感謝している。
演劇、舞踊、音楽、写真展示…。スペースベンという場所で、いろいろなコトをしてきた。そしてまた、何もしてこなかったような気がしている…。
私自身、演劇というものを通じて、人とは少し違う生き方をした分、人並みの常識からは少し離れているのかもしれないとも思う。
ただ…。人と違っていていいんだということを、演劇を通じて強く教えられたことは間違いない。
元々、同じ生き方をしている人間などいなく、常識こそが曖昧な形でまかり通り、いかに人を傷付けていることか。性格の不一致やニートという言葉が発生し、その言葉に頼り、いかにもそれが今の常識だと言わんばかりに、そこに人が流れて行く。そしてまた頼もしいことに、その言葉には流されず地道に踏ん張って生きている人が確かに、いる。
情報、人脈、政治、そして生活。
いろいろな係わりの中で、人はそれぞれ生きていくのであろうが、今の世の中、「まぁるい」関係だけが重宝され、「とんがった」存在が疎んじられてはいないのか?
もしかすると明日を変えることができるかもしれない、「とんがった」存在を軽視して、本当に百年の計が立てられるのか? もちろん、演劇に携わっている人間も、「まぁるい人間」と「とんがった人間」はいる。しかし、一見まぁるく見える人間が実はとんがっていて、とんがったふりしてドップリまぁるい人間がいるのも事実であり、これまた面白い。
舞踊や音楽の世界でもそうであろう。私は、忌野清志郎が大好きである。好きだ嫌いだという歌が多い中、ロックというジャンルもあろうが、彼は確かにとんがっていた。またそれを愛してカラオケで歌うヘタクソな連中も、どこかとんがっていたいという思いが感じられる。清志郎の歌は、ヘタクソな連中がよく似合う。そんな歌である。そして彼は歴史に名を残そうなどとは考えていなかったのではないだろうか。ただ自分にしか出来ない表現をしていただけ。
それなのに、逆に自分の生きた証を求めるかのような、今の「まぁるい」主流主義には、私はどうし
ても馴染めない。
800回という回数は、決して希望に満ちた公演ばかりではなく、挫折の連続だったのかもしれない。
いや、きっとそうである。そして何故、失敗の連続かもしれない中で続けているのか? とんがった存在と、その意義を、静かに見つめていきたいと思っている、今年、年男の私である。