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アミューズ(地元雑誌)2001年1月号掲載原稿

文:山田景子(八戸)

〜捨て行く世紀へ〜
 超短編小説
  「消えたゲロおばちゃん」

俺は若かった。
酔っぱらいの立ち小便が朝もやに混じって
レモン色に立ち昇る早朝に、ゲロおばちゃんを
見るのが楽しみだった。

ゴム手袋はめて息とめて、おばちゃんは
一心不乱にゲロを集める。
「最近の胃液は強くてね、今週はもう3ベンもゴム手袋を新調したよ」
とおばちゃんはぼやく。

俺はおばちゃんを手伝おうと近づくのだが
目にしみるほどの悪臭に突き飛ばされて笑われる。
おばちゃんは海女ように息をとめて
いっこく堂のように口を閉じて話ができる。
俺は尊敬していた。

大人になった俺はいつかこの町からゲロをなくそうと、
「ゲロおばちゃんを救う会」なるものを立ち上げ、
「夜の街・ゲロゼロ運動」「飲んでも吐くな、吐くなら弱音」
など次々とキャンペーンを打ち出し、仲間を増やした。

ある会議で一人が言った。
「個人の力では限界がある。行政やしかるべき団体を味方につけよう」
俺は言っている意味がわからなかったが、なんとなくわくわくした。
俺が行政に働きかけるという係りになり、行政へ行った。
「夜の街からゲロをなくす事について担当の方は?」
叫んだが誰も手を挙げなかった。
次の会議で一人が言った。
「行政では時間がかかる。力のある議員に頼もう。」
係りになった俺は市議会に行った。
「力ある議員の方!」
誰も手を挙げなかった。

俺は焦った。
そうしている間にもおばちゃんの手袋は
胃液にやられ、手袋代もままならない。
「手袋屋に協賛してもらったらどうか」
次の会議で一人が言った。
「そんなの何でうちの店が負担しなきゃいけナイジェリア?ゲロする奴から徴収リキ」
俺はもっともだと思った。

夜の街に立ってゲロしそうな奴を探したが
気が付くとゲロだけが俺に挑戦するかのように
側溝やビルのすき間から異臭を放っている。
それも翌朝には何事もなかったようにおばちゃんが片づけるのだ。

「他都市ではどうだろう」
次の会議で一人が言った。
「おたくの街では夜のゲロはどうされてますか?」
電話をかけたら
「ハッピースカトロ」に回された。
ゲロは好きだが夜の街の誰ともわからぬゲロは対象になりませんと丁寧に断られた。

「楽しくなけりゃダメ。やっぱバンドでしょ。八戸はバンドが盛んだし。」
♪オエ~オエ~オ!
♪ゲロッパゲロゲロ!
盛り上がったが
「うるさい」と苦情がでた。
「ほらね?」とバンドマン達は分かり切ったように片づけて帰っていった。

俺はだんだん自分が何をしているのかわからなくなってきた俺は
ただ夜の街から無責任なゲロをなくしておばちゃんを救いたいだけなのに。

「まあ、そんな難しく考えないで飲みながら行きましょうよやはり飲みにケーションが大事ですよ。」
そんなもんかと夜の街を梯子した。酒が入るといつになく闊達になった。
話も弾み団結した!
「そうだ!みんなで力を合わせて夜の街からゲロをなくそう!」
~なんだ、こんな簡単なことだったんだ~

胸のむかむかをこらえきれず俺は電信柱に手をついた。
かたわらにゲロおばちゃんがいた。
「あんたもゲロかい?」
刺すような視線で俺を見た。
「なにいってんだババア俺はあんたの為にこんなになってがんばってんだ!
なんでそんな目で見られなきゃいけないんだ!」
むかむかは最高潮に達し一気にゲロが吹き出した。
おばちゃんは俺の胃液で溶けた。

翌日、街はゲロだらけだった。

         〜終わり〜


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